『普通の人で、いいんです』と、その経営者は言った。
僕は、肩すかしを食らった気分だった。
ベンチャー企業の経営者というのは、
中途採用に過大な期待を寄せる傾向がある。
誰よりも売れる営業でマネジメントスキルも高く、
これまでのコネとかノウハウで、新規事業を立ち上げ、
収益をガッポガッポ、あげてくれる。
それはオーバーにしても、その会社の社員平均よりも、
能力の高い人材を求める。
まぁ、少人数の会社だと、必然的に一人のパフォーマンスが
会社のパフォーマンスに直結しやすいので、当然と言えば当然なのかもしれない。
だから、この日も身構えていたのだが、そのベンチャー企業の経営者は違った。
『普通の人で、いいんです』
『マジメに仕事をしてくれれば、それでいい』
どれだけ採用ターゲットを聞いても、繰り返すばかり。
待遇も悪くないし、広告サイズも小さくない。
せっかくだから業界の経験者とか職種の経験者でも採用した方が、
ある程度、教育の手間が省けると思ったのだが、それもいらないという。
逆の意味で、途方にくれてしまった。
でも、よくよく聞いてみると、それがなぜか分かった。
ビジネスモデルが超強力なのである。
あまり詳しいことはかけないが、大手の隙間をつくような事業で、
ニッチな市場というよりも、その市場そのものをつくりあげてしまったようなビジネス。
すでに、かなり実績をつくっているので、たぶん、この会社以外は参入できない。
しかも、営業面に関してもマンパワーを投入することもなく、
ある程度、見込み案件があがってくるような仕組みが構築されている。
だから、社員はその仕組みを常識的な水準で回せばいいだけなのだ。
だから、「普通にマジメに仕事してくれる人でOK」という話になる。
いつも採用の相場から考えれば
過大な採用ターゲットを求められることに慣れていた僕は、
本当に目からウロコだった。
僕がブラック企業に対して、
こういう認識を持つようになったのも、
この時の印象が大きい。
ソフトな人柄で、穏やかに話す方だったが、
その時ほど、経営者をカッコいいと思ったことはなかった。